超バカの壁 養老孟司

養老孟司の本は一度読んでみたいなと思いつつもまだ一冊も読んだことがなかった。で、偶然出会ったのが「超バカの壁」という本だ。「バカの壁」という本が数年前に話題になっていたが、それから派生したシリーズの一冊らしい。
この手の本は考え方のヒントがいろいろ書かれているので楽しい。もちろん、心情的に良く理解できないこともある。ただ、自分がぼんやりと言葉にできなかったことが言葉として理解できたり、全く新しい考え方に触れたり、自分の考え方をちょっと変えた方がいいかもなと反省することもある。
この本を読んで、主に気になったところはだいたい20カ所くらいあった。
その中で一番印象に残ったのは「オンリーワンよりただの人」という考え方だ。例えば、ある仕事が自分に合ってるかとか合ってないとか、自分らしいとからしくないなんてことに最初からこだわるな、社会の穴をただ埋めるような気持ちでとりあえずやってみろってことらしい。
非常に共感できたのはわからないということがわかったことが大切という考え方だ。研究開発なんてことをやっていると、期待と違うことが生じることは頻繁に起きる。一面的な立場で平たく言えば失敗だ。それを正当化するためにできないことがわかったからいいじゃないかというつもりはない。そもそも期待すること自体がおかしいのである。もちろん、火力が強すぎて目玉焼きが黒こげになったという事案に関しては失敗という見方もできなくはない。しかし、ある火力で3分間加熱しても焦げないが、5分でちょっと焦げだし、10分で完全に炭化するということがわかったならば、結果が焦げていてもそれは単純に失敗とは言えない。「&&を**すると$$になるだろう」という予測のもとに&&を**してみるとき、$$になってほしいのか、なってほしくないのかはただの期待だ。&&を**して##になったら、それはそれで**にならないことがわかったのだから、素直にそれを受け入れるべきなのである。期待するのは勝手だが、期待通りにならないことに失敗という評価を下すのは浅はかすぎると言わざるを得ない。このように書くと、そりゃそうだろうと思うかもしれないが、世の中には「失敗したくない人」ってのが結構いっぱいいる。失敗したことを悔やむ人や、失敗を単純に叱責するだけの人は、きっと科学的な思考には向いていないのだろうなと思う。誤解を避けるために書いておくが、場合によっては絶対に失敗しちゃいけない事案というものはある。ここで言っているのはいわゆる研究的な考え方に関することである。

超バカの壁 (新潮新書 (149))

超バカの壁 (新潮新書 (149))