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ぽんハウス オレ流写真論 (3)

記事
感性の話。

撮る側と見る側という構図を想定すると、そこにあるのは一種のコミュニケーションなのではないかと思う。コミュニケーションは発信するだけでも受信するだけでも成立しない。つまり、明確なメッセージがあり、それを見る側が理解しようと努めない限り、そこに会話は成り立たない。例えば、日本語しか理解できない人はいくら価値ある話でもそれが英語で発信されれば受け取れない。
感性とは感じる性質で、感じたものを感じたように他人に受け取ってもらう工夫をすることが技術だと思う。いくら感性がよくて技術がよくても、撮って形になったものから他人が何を感じ取るかは撮った側には全くコントロールできない。写真という言語形態をとらない表現手段で完全なるコミュニケーションが成立するのはほとんど不可能だと思う。
では、いい写真とは結局なんなのか。この問いには答えはない。それに答えるならば、いい写真というものを明確に定義するしかない。定義が決まれば定義に合う写真であるか合わない写真であるかは判定可能だろう。コミュニケーションを単純な二元論にあてはめること自体がナンセンスなのかもしれない。
とりとめがないけど、つらつらとこんなことを考えてみた。

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