今のところ飽きることなくほぼ日手帳を使い続けている。
当初の予定通りプライベートも仕事も区別なくごっちゃに書き込んでいる。
予定管理だったり、備忘録だったり、簡単な家計簿だったり。書き込みが多い日もあれば少ない日もある。
会社に着くとまずパソコンを立ち上げ、その間に朝礼をササッと流し、ほぼ日手帳で一日の予定を確認している。空き時間があれば手帳を眺め、今後の予定を練ったりする。自宅に帰ると使ったお金の集計をして、気になった情報を適当に書き込んだりする。寝る前もほぼ必ず手帳を見る。
別にこうしようと努力しているわけじゃない。使うことが楽しいのだ。自分は未来のことを約束するのが苦手だ。気まぐれな性格なのでいついつにこれをしなければならないという外的要因は心理的に重いのだ。ただ、自分が主体的にいろいろ決めてコントロールしながら生活するのはまた別だ。似てるようで全然違うのだ。このようなことをする手段がほぼ日手帳である必要は必ずしもないという気はする。でも、改めてその楽しさを発見させてくれたほぼ日手帳の存在は大きかったと言える。
自分は今日の連続が人生そのものだと思っている。楽しいこともあればちょっと辛いこともある。それでも一日一日が貴重であり、大切に生きていけば、納得して死ねるんじゃないかと思ったりしている。全ての原因は自分にあると思うようにしているので、外的環境がどうであれ毎日を主体的に納得して生きていかなくてはならない。一方ではなるようにしかならないとも思っているが、なるようにしようと思わなければなるようにもならないとも思っている。