デジカメWatch

【実写速報】ニコン「D300」
コンパクトカメラの場合、どうせ印刷するんだしぃ、とか、どうせ縮小するんだしぃ的寛大さを持って、写真を見る場合が多い。
でも、このくらいのレベルのカメラになると、等倍でサンプルを見ても絵が全く破綻していないように見える。もちろん、広角の外側などは多少甘さも感じるのだが、しっかり写ってると言ってもいいレベルだと思う。
ただし、この画質のためだけに、ウン十万円も投資をしたり、レンズを複数本持ち歩いてお散歩写真を撮ろうという気にはならないだろうな。
もちろん、こういうカメラじゃないと撮れない写真というのはあるだろうし、こういうカメラを求めている人もいっぱいいることは理解できる。
しかし、カメラの性能は画質だけじゃないということも忘れちゃいけないと思うのだ。
例えば、なんで森山大道がポラロイドで写真集を作ったり、コンパクトカメラで写真を撮り続けているのか、ロモやピンホールカメラで撮影する人がいるのか、そういうことを考えてみれば答えは自ずと出てくるんじゃないかな。あるいは、なんでプロカメラマンがみんな大判カメラを使わないのかを考えてみてもいいかもしれない。
よく写らないことにより表現できることってのもあるだろうし、カメラが小さいということで撮れる写真もあるだろう。
写真というのはその性質上、現実のかなり曖昧な近似でしかないし、撮った瞬間にそれは過去の遺物だ。もっと正確に言えば、光が有限の速度を持っている以上、常に過去しか写らないシステムともいえる。そういうものに過剰な性能を求めても仕方がない。各人が持つこんだけ写ればオッケーというレベルで写れば十分なのだ。そこにいいも悪いもない。すこし、極論過ぎるかもしれないけど。
念のために書いておくけれども、こんだけ写ればオッケーというレベルが高すぎて、今でもまだ満足できないという価値観があっても、それはそれでいいと思う。漸近線の彼方がどうなっているかに思いを馳せるのもそれはそれでロマンと言えなくもないのだから。